腹の足しにもならない話

28歳OL男です。お尻が2つに割れているタイプの妖精さんです。

【第4話】ホームセンターにて

 

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  細君と子供2人の4人でホームセンターへやってきた。

 

 到着して間もなく、子どもたちは駆け出し店舗の中へと姿を眩ませた。迷子?心配ない。
 彼らにはホームセンターでの遊び方の基礎をほとんど教えている。

 教科書(注1)を買い与え、実践演習も済ませているし、従業員証も渡している。動物コーナーでカエルの合唱が始まるものならお尻と肘を使ってコードCのベースを刻むことができるし、行き交う人々の手相を雑に占うこともできる。手配は完璧。
 
 今頃、子どもたちは心躍る宝探しに夢中であろう。


 さて、我々大人も参る。

 入店した後、一旦細君と別れ個人行動を取る。向かうは木材コーナー。おがくずの粉々しい空気が漂うスペースではあるが、柔らかい木の匂いを味わいつつ、頭のなかで木材を加工し組み立て装飾を楽しむことができる。
 犬小屋、本棚、便座、生ハムのカプレーゼ。想像に花が咲く。

 宝探しへ参加しようかと思った矢先、細君が買い物かごを持って現れた。彼女は私の視線をカゴの中へと誘導する。
 カゴの中にはボルトとナット、乾電池が敷き詰められ、中央にはサトイモ科スパティフィラムの鉢が置かれ、鉢の土には2本の赤色水彩絵の具のチューブが刺さっていた。

 

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 細君のチョイスはいつも他者への配慮が行き届き、詩的で美しい。つまり、センスがあると言いたいのだ。
 しかし、彼女に直接言おうものなら、得も言われぬ羞恥にさらされ紅潮する私の顔面に氷水を叩き落とさなければ平静を保てない。つまり、恥ずかしいのだ。
 かと言って、自信に満ちている彼女を無下にするわけにも行かない。一声残すことが礼儀であろう。

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「オゥ......イエフィ......デュフッ」
 唇がカッサカサであったことを忘れていた。
 サボテンすら瞬時に枯れてしまうほどにカッサカサだ。私の唇の皮で研究しようものなら、論文数本の執筆が可能である。 もし今が江戸時代であれば、その鋭利な唇に価値を見出され竹槍部隊に推薦されていただろうか。

 

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 そんな私の〈湿り〉を知らぬ部分から発せられた低質な一言に気にも留めず細君は笑顔で応じる。
「とてもうれしいです!特にボルトとナットの数をあえて合わせていないところがミソです!」
 私は一切の疑問もなく頷く。

 細君の傍らにはいつの間にやら宝探しの中間報告にやってきた子どもたちがまっすぐこちらを見据えていた。
 彼ら子どもたちを小便臭いと揶揄することはおこがましい行いだと思う。確かに知識と知性に欠ける部分はあるが、アイデアに溢れ意欲的。ゆえにいとも簡単に芯のないロウソクに火を灯すのだ。

 

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(注1) Eric R. Kandel, James H. Schwartz, etc. 『PRINCIPLES OF NEURAL SCIENCE fifth edition(日:カンデル神経科学)』, MacGraw-Hill, (2012)